インサイトのつかまえ方

『社会記号』=世の中の欲望の発露

先日、『インサイトのつかまえ方』というテーマで博報堂ケトル代表取締役社長・共同CEOの嶋浩一郎さんのお話を聴きました。私も会員になっている日本マーケティング学会の春のリサプロ祭りというイベントの中でのセッションでした。このセッションの進行役を務めていた一橋大学 経営管理研究科 教授の松井剛さんとの共著『欲望する「ことば」 「社会記号」とマーケティング』の内容を踏まえながら、インサイトについて焦点を絞った非常に興味深いお話だったのでシェアしたいと思います。

「社会記号」とは、インスタ映え、加齢臭、女子力、草食系男子、おひとりさま、イクメン、美魔女……といった、ある日生まれ、いつの間にか社会に定着した言葉のことを指しています。そして、この「社会記号」は本質的で本人が気づいていない欲望を言い当てた「世の中の欲望の発露」であると嶋さんはおっしゃっていました。最初は世の中の常識に反する変な人の変な行動としか見えないところから、それは始まります。

例えば「おひとり様」の場合。以前はレストランで食事をしたり、旅行を楽しむのはカップルだったり、家族だったり、友達同士というのが世の常識の前提でした。女性が一人で行くと奇異なものを見るような目で見られそうで、それを実践できたのは少数の勇気あるファーストペンギンといえる人たちだけだったわけです。それが、「おひとり様」という「ことば」が生まれ、メディアで報道されたことから「私も実はそういうことがしたかった」というフォロワーたちの欲望が刺激されます。それにいろんなブランド・ビジネスが乗っかることで市場が形成され、市場が形成されたことで「おひとり様」という「ことば」がますます定着する。そんな「ことば」と「市場」の相互作用があるというお話に「なるほど!」とめちゃくちゃ納得しました。

インサイト=本質的で本人が気づいていない欲望

嶋さんによるとインサイトをつかまえるということは、すなわち、「新しい欲望の発見」であり、その欲望とは「本質的で本人が気づいていない欲望」であるということでした。だからこそ、ターゲットの欲望を捉えるのは難しいともおっしゃっていました。なぜなら、欲望には自覚がないので、明確に言語化できないからだと。

ターゲット自身に自覚のない欲望をとらえることに成功した事例として嶋さんが紹介してくださった非常に興味深い事例を最後にご紹介したいと思います。それはクリスピン・ポーター+ボガスキーというアメリカのクリエイティブ・エージェンシーが手がけたアメリカのグーグル社のための課題解決です。今から15.6年前の話で、スタンフォード大学やマサチューセッツ工科大学(MIT)などを卒業する優秀な理系の学生たちにとってはグーグルよりもヤフーやマイクロソフトの方が就職先として魅力を感じられていたという時代でした。そんな中、新しい事業開発のために優秀な学生をたくさん採用したいというのがグーグルの課題でした。

普通の広告会社ならこんな採用広告つくりましょうとか、スタンフォードやMITの学生ならこんなメディアに広告出すといいですよという話になると思うのですが、クリスピン・ポーター+ボガスキーの課題へのアプローチは全く違うユニークなものでした。MITの最寄り駅である地下鉄のボストン駅の改札口の上に”First 10 digit prime found in consecutive digits of e.com”と書いた横断幕を張り出したのです。Googleとは一切書かれていません。日本語に訳すと「自然対数eの中で最初に出現する連続する10桁の素数」という意味なのだそうですが、ド文系の私には全く意味がわかりません。こんな横断幕かかっていてもスルーするでしょうね。

しかし、優秀な理系の学生たちの反応は全く違ったのです。これは彼らにとっても相当な難問だったのですが、心に火が付いたのです。「この難問は俺が解く!連続する10桁の素数みつけてやろうじゃないか!」と。最後に”.com”がついているので、Webサイトであることはみんな理解して我先にとアクセスして難問を苦労して解く。回答欄に正解を入力すると、Googleの採用ページが表れて「あなたを採用します」的なメッセージが出てくる仕掛けだったそうです。これでグーグルは優秀な学生の大量採用に成功したそうです。

この採用キャンペーンの成功要因はターゲットとなる学生たちに「難問を解いて自分の実力を見せびらかしたい」という隠れた欲望があることを掘り当てたことにあります。そして注目すべきはこの隠れた欲望を学生たち自身が最後まで自覚していなかったであろうということです。いやあー、面白いですね。この見えない欲望を読み解くというのは私の仕事においても価値を出すために非常に重要なテーマです。このような興味深いお話を嶋さんから直接聞ける機会を持てたことは非常にラッキーだったと思います。松井先生との共著、『欲望する「ことば」 「社会記号」とマーケティング』 の方もぜひ読んでみたいと思います。

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