インサイト探索とリサーチ

インサイトは顧客が言語化するものではない

前回のエントリー『インサイトのつかまえ方』では博報堂ケトルの嶋さんのお話を紹介しました。嶋さんは本質的で本人も気づいていない欲望は言語化できないのでアンケートやグループインタビューでとらえることは難しいというお話もされていました。
このことについては私も100%同意します。アンケートの回答やグループインタビューの発言にそのままの形での潜在ニーズが言語化されるということはあり得ません。価値創造をするうえで、顧客あるいは潜在顧客がそのままインサイトを教えてくれる、そのまま意思決定に使えるということを期待するのは間違いで、あくまでも創り手側・開発者側が試行錯誤しながら発見するのがインサイトなのだと思います。

インサイト探索にマーケティングリサーチは不要か?

それでは、アンケートやグループインタビューなどのユーザーリサーチは価値創造のためのインサイトの探索というフェーズにおいては全く意味がないのかというと、必ずしもそうではないと思います。インサイト発見に向けての誘発剤・刺激剤となるような素材を収集するという意味では『使えるリサーチ』『活かせるリサーチ』というのはいくらでも実現可能だと考えているからです。

スティーブ・ジョブズやバルミューダの寺尾さんのような洞察力、観察力、時代を読むセンスに長けている人がマーケティングリサーチが不要とおっしゃるのはもっともなのですが、多くの開発の現場で担当者とお話をすると「顧客が理解できていない」「顧客が見えていない」という実態が驚くほど頻繁に見受けられます。そのような顧客の潜在ニーズを洞察するための引き出しが少ないという課題を持った現場やプロジェクトにおいてはインサイト探索のプロセスにおいてマーケティングリサーチは有効な促進剤になると思います。

本人さえ自覚していない欲望や暗黙の認識の前提をあぶりだしていくために投影的な手法やロールを設定したワークなども取り入れたリサーチデザインも関係者でよく話し合って共通認識のもとに工夫していきたいところです。構造的な定量調査よりも半構造的な定性調査が向いていると思いますし、一人の人の文脈をじっくりと深掘りできるデプスインタビューや対象者が実際に商品やサービスを使用している現場(家・職場・店など)で行うエスノグラフィーと呼ばれる行動観察調査の方がグループインタビューよりは適していると思います。グループインタビューはグループであるがゆえに一人一人を深掘りできませんし、同調や見栄の心理が働きがちで本音や深層心理に近いところを探るには適していないからです。

レガシーなグループインタビューも工夫次第

とはいえ、「モニターできる時間は限られているけど、その中でなるべく多くのユーザー情報に触れたい」という企業の担当者の思いからかグループインタビューが選択されることも多々あります。その場合は制約の中で手法の持つデメリットをなるべく小さくするような工夫を最大限行うしかありません。最後に具体例をいくつかあげておきます。

①インストラクションの工夫
導入部分でなるべく「同調」を排除するようなインストラクションを入れます。
特に女性のグループの場合は同調傾向が強いのできちんと行う必要があります。
例えば『みんな違って、みんないい』という金子みすずの詩の一節をA3の紙に書いたのを見せながら、「皆さん、今日のこれからの2時間はこの精神でお願いしますね~」といって、見えるところに貼ります。
※インストラクションの工夫についてはこちらの記事もご参照ください。
インタビューのコツ1 『個人的な見解』と断る心理を考える

②付箋ワークを取り入れる
順番に発言をしてもらうと、どうしても前の人の発言に影響を受けます。
いくら最初にインストで『みんな違って、みんないい』をやっても同調してしまうことはあります。
そこで、まずは付箋に書いてもらって、それをホワイトボードの貼って見える化したうえで発言してもらうと、本来自分が感じたことをそのまま発言してもらうことができます。

③プロービングで根掘り葉掘りリアルを追求する
グルインで対象者が言うことがあてにならない、実際の行動と違っているということの事例としてよくく引用されるこちらの書籍が情報源と思われる食器会社のお皿のグルインの話があります。「次に買う食器を選ぶとしたらどれがいいか」というテーマで様々なお皿のサンプルを見た主婦のグループが「これまでと違うおしゃれでかっこいい黒い四角いお皿」ということで意見がまとまったのに、インタビューの帰り際にお礼としてどれでも好きなお皿のサンプルを1枚持って帰ってよいとなると全員が丸い白いお皿を選んだという話の流れで紹介されています。
このような嗜好で一人一人が選ぶのが当然なカテゴリーがテーマのインタビュー調査で討議の上意見を一つにまとめるという進め方には正直違和感を感じました。また、「これまでと違うかっこいい黒いお皿がいい」などと全員が言ったとしたら、定性調査のプロのモデレーターなら必ずプロービング(深堀り質問)をします。例えば「どこにしまいますか?」「食器棚がいっぱいだったら、今ある食器のどんなものを処分してスペースをつくりますか?」「どんな料理の時に使いますか?」「使う頻度はどれくらいになりそうですか?」などなど。そうすることによって、その場の雰囲気で言っているだけの発言なのか、かなりリアルな気持ちに近い発言なのかということが浮き彫りになっていくのです。

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