インタビューのコツ1『個人的見解』と断る心理を考える

発言の前のよくある枕詞の意味

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よくインタビューで発言するときに「これは私の個人的な見解なんですけど」とか、「本当に個人的な話で恐縮ですが」とかいう前置きから始める方がいらっしゃいます。インタビューという場に限らず、あまり気心の知れない人と対面する場で自分の経験や意見を語ることを求めらるとき、結構使われる前置きのような気がします。
そもそも、人間の認知はそれぞれがとても限定的なものですし、経験や価値観も個人によって異なります。だから全ての人の考え方や感じ方は「個人的」なものであって当然なのです。それなのに、敢えて「個人的ですみません」的な前置きを入れるのはどういう心理なのでしょうか。
口癖のようについ言ってしまっている人がほとんどだと思うのですが、以下のような気持ちがその奥には隠れているのではないかと私は推測しています。

◆組織や属性を代表する発言ではありません

普段心置きなく個人的な考えや感じ方を言う機会がないので、この場がどこまで『私』を出していい場なのか計りかねている。属している組織だったり、職業や年代、属性を代表した話を求められるのだろうか? 自分の意見や感じ方は人とちょっと違っているかもしれない。とりあえず代表性のない個人的見解だと断っておこう。

◆的外れな発言と思われたくない

問いの意図として、こちらの受け答えに何らかの期待する方向性(=正解)があるのではなかろうか。だとしたら、自分はその期待に応えられるような発言ができるだろうか。もし、期待に応えていないとしても、的外れと思わないでほしいから予防線を張っておこう。

◆違う意見や感じ方を持つ人への配慮・緩衝材

ほかの参加者(グループインタビューのような場)やインタビューする側の人が自分とは違う感じ方や意見を持っているかもしれない。自分の意見を押し付けているように取られないようにやんわりさせたい。

冒頭で『個人的見解』welcome!を全力で伝える

そこで、私がインタビューの冒頭のインストラクションで大切にしているのが『個人的見解』や『個人的感覚』大歓迎ですよということを場のお約束としてお伝えすることです。

例えば、
「●●の代表とかじゃなくて、あくまでの〇〇さんの個人的な感じ方とか、普段なさっていることを教えていただくのが、一番うれしいです。
とか、
「正しいとか間違っているとか全然ないですからね」
とか、
「皆さんお顔が一人一人違うように同じものを見たり同じことを経験してもそれぞれ感じ方は違って当然ですよね。今日はそんな違いを楽しむ大人の会にしましょうね。」
とか。

日常とは違う場で初めて会う人にいろいろなことを問われるシチュエーションにおいて、いくら「率直にお話しください」と言われてもインタビュイー(インタビュー対象者)の心の中には様々な懸念や忖度が生じます。そんな心理に想像力を巡らせて、それを取り除けるような働きかけを工夫をすることがインタビュー上達のコツのひとつだと私は思っています。あくまでも個人的見解ですけどね(笑)

こちらの記事もご参照ください。
インサイト探索とリサーチ
⇒インタビューのコツ2曖昧な発言を具体化する

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